郵便配達夫の夢

2003年6月20日
岡田史子の作品集の中に「夢の中の宮殿」というものがある。

老人が子供のころ夢に見たという幻の宮殿を目指して旅に出る。
魔物の妨害にあいながら辿りついた宮殿で、力尽きた老人は赤ん坊に戻ってゆく。
宮殿の中の両親に迎えられた赤ん坊は、眠りながら子供の姿に成長する。
目をさました子供は、両親にこう語る。
「夢をみたよ お城の夢だよ」
「いつか お城をさがしにいこうとおもう」

この話に出てくる宮殿のモデルになったと言われる実在の「お城」がある。
リヨンにほど近い田舎町にある、「シュヴァルの理想宮」と呼ばれる建造物だ。

「夢の中の宮殿」の老人は宮殿を探す旅に出たが、「理想宮」の主であるシュヴァルは、夢想の宮殿を、現実に作り上げてしまった人だ。
シュヴァルは建築家でも芸術家でも技術者でもなく、ただの田舎町の郵便配達夫。
毎日30キロもの距離を郵便物をかかえ配達して歩いて回るのが仕事で、無口で少々偏屈な人だったらしい。そんな彼の楽しみは、郵便を配達しながら様々な夢想をすること。行ったことのない外国も、美しい絵葉書一枚あれば、どこへだって夢の旅へでかけることができる。

ある日彼は配達の途中でひとつの石につまづいて転び、自分を転ばせた石を見やる。
するとその石はなんともいえず面白い形を持っている(と、シュヴァルには見えた)ので、早速持ち帰ってその石を大切に眺めたという。翌日、同じ場所に来た時に足元を探すと、さらに面白い形の石をみつけることができた。
これがきっかけになり、この石を使って、夢に見た自分の理想の城を作ろうと思い立ってしまう。

それから実に33年の歳月をかけて、たったひとりで、理想の城を完成させる。
初めの石を拾った頃はまだ40を少しすぎたころで、郵便配達夫の仕事がおわって皆が眠るころに作業をしていたという。定年を迎えてからは、朝から晩まで宮殿づくりに精を出す。

なんという行動力!信念!すごいなぁ。
家族の人もすごいけど。
奥さんは、庭にうずたかくわけわからん石が積み上げられても、あまり気にしなかったそうだ。
家族の理解があってこそ、の理想宮なのかもしれない。現実と理想のバランス。

現在も村に残る「シュヴァルの理想宮」。
当時はかなり冷ややかな目で見ていたらしい村人たちだが、今となっては村に欠かせない観光資源なのだそうだ。(国からも保護されている)

その村にいけばいつでも“シュヴァルの夢見た世界”の中にいくことができる。自分の理想の城を作れる(いろんな意味でね)、残せるなんて世界に何人いるんだろう。ましてシュヴァルは、別にこれで存在を世に問うとか、知らしめるとかそういうこととは無縁の人だった。ただ自分で作って、満足して、最後には自分の墓も作って、そこに埋葬されているのだ。

シュヴァルはよくガウディと比較されるらしいが、決定的に違うところがある。
ガウディが「決して終わることのない建築物(有機的なデザイン、常に成長する建物)」であるのに対して、シュヴァルは「夢の形を完成させて、終えた」ということだ。

↓観光案内のためのオフィシャルサイト。なかなか秀逸な出来。
 (イギリスかフランスの国旗をクリックすると中に入れます)
http://www.facteurcheval.com/


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